富士山は西から崩れる

f:id:ura-miyaten:20210403183614j:plain

 富士山は完璧な三角形ではない。江戸時代の大噴火で出現した宝永山は、さながら富士山が東側に「どっこいしょ」と肩を張っているように見える。そして宝永山の反対側、西斜面でもかなり目を引く地形の崩れがある。富士山の最も深い谷、大沢崩れだ。

 

 大沢崩れの大崩落はおよそ1000年前の地震がきっかけとなって始まったといわれている。『竹取物語』で帝の使いが富士山頂で不死の薬を焚き上げたころだ。崩落は徐々に進行し、現在では山頂のすぐそばから幅500m、深さ150mにも達する一筋の深い谷となった。山頂から標高2200mの源頭部と呼ばれる部分では、平均勾配が33度と崩落が発生しやすい地形のようだ。このまま崩落が続けば、いつか山頂の火口壁を突き破り、私たちが親しんできた富士山の姿は大きく変わってしまうとされている。

 

  崩落が起こっているのは大沢崩れだけではない。なめらかに見える富士山の表面も細かな凹凸を強調する地形図で確認すれば無数の谷が刻まれているが、これはスラッシュ雪崩よる浸食でできたと考えられている。スラッシュ雪崩とは、積雪の上に大量の雨が降ることで雪が“かゆ”状になり、土砂とともに流れ下る現象だ。富士山のスラッシュ雪崩は規模が大きなことが知られており、山麓地域では古くから「雪代(ゆきしろ)」という名称で恐れられていた。1834年5月の雪代は現在の富士吉田市新富士駅周辺にまで到達したと伝えられている。富士登山をすれば、あらゆるところで土石流を防ぐための立派な砂防ダムを見つけることができる。

 

 だが、ここでひとつの疑問が生じる。なぜ、大沢崩れは西斜面にあるのだろうか。積雪期の富士山では常に強い西風が吹きつける影響で雪が風下側に移動し、積雪は東斜面で最も多くなっている。逆に、西斜面の雪は吹き飛んでしまい最も少ない。だが、地形図を見ると東斜面より西や南の斜面のほうが浸食が進んでいるように見え、積雪の分布と一致しない。

 

 謎をひも解く鍵は、やはりスラッシュ雪崩にあると思う。スラッシュ雪崩では、雪が積もっているところに大雨が降ることで雪を含んだ土砂が斜面を流れ下るので、トリガーはむしろ強雨にある。春先に富士山で強い雨が持続するのは、たいてい南西から湿った空気が流れ込んでくるときだ。つまり、暖湿気が山を駆け上がる南西斜面で最も雨が強まりやすく、富士山は浸食を受けやすい。富士山のすぐ南に並んでそびえる愛鷹山も、南西に開いた須津川の谷が最も深く浸食が進んでいるが、南西斜面の降水量が最も多いからだと考えられる。

 

 富士山が現在の形になってから、まだ1万年もたっていない。数千年後か数万年後かはわからないが、いつかは愛鷹山のような姿へ変わっていくのが自然の摂理だ。おそらく、その時代には別の成層火山が成長し、現在の富士山のように人々の信仰を集めるのであろう。

 

参考資料

国土交通省中部地方整備局富士砂防事務所-大沢崩れの現状/富士山豆知識